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学長対談シリーズ

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第1回ゲスト:株式会社 明石書店 石井 昭男 代表取締役会長

社会、教育、歴史、法律など人文・社会科学系全般にわたり出版活動を行っている明石書店。「出版活動こそ、反差別の思想と文化を創り出す運動の砦でなければならない」との信念に基づき、人権をテーマとした出版物を多く刊行しています。その明石書店代表取締役会長の石井昭男氏に刊行本の社会的有用性などを伺いました。

立石博高学長(以下、立石学長) 今日はお忙しい中、ありがとうございます。石井会長は、アジアのノーベル賞と言われる「マグサイサイ賞」を2008年に受賞されたと伺いました。日本人で23人目だとか。差別や人権の問題をテーマにした本を約3000点(受賞当時)出版したことが評価されたとのことですが、本日は、石井会長の関心や明石書店の出版理念などをお伺いできればと思います。

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石井昭男会長(以下、石井会長)よろしくお願いします。

立石学長 東京外国語大学は、とりわけ教育研究の面で、地域を知るためのさまざまな教育を行っているわけですが、まさに石井会長が進められている明石書店の「エリア・スタディーズ」などのさまざまな出版活動が、本学の教員たちの目指す動きと非常に合致しているし、これまでさまざまな形で本学の教員たちが協力させていただいていると思うんですが、石井会長のほうで、なぜ「エリア・スタディーズ」に関心を持たれて、こうして盛んに出版を重ねられているのか。また、小さな地域の出版物を出していくことは大変厳しいと思うのですが、その辺の苦労話を含めて、少しお話をしていただければと思っております。

石井会長 明石書店は1978年に創業しまして、約4300点の本を刊行してきました。初めは人権問題ですね。特に日本の人権問題について少年時代から関心を持ち続けてきました。ちょうど戦争が終わるかどうかぐらいの時に、日本社会の中で何となく朝鮮人を差別するような風潮があったんです。それが少年の間でも広がっていて、朝鮮人を軽蔑する様な発言をした時、朝鮮人の少年にぐっとにらまれました。「チョーセン、チョーセン、バカにするな。同じ飯を食ってどこが違う」と言われました。その時、非常に大きなショックを受けました。いけないことを言ってしまった自分を責めました。私が育った兵庫県明石市の家の近くは、被差別部落や朝鮮人居住地があったので、差別は身近に意識せざるを得ない状況でした。そのようなことを原体験にしながら、戦後復興の時代を生きてきたわけです。その後、創業してちょうど10年目ぐらいですかね、日本に来た外国人労働者のことが社会的な話題になってくるんですね。問題意識がそちらの方に広がり、同時に世界のマイノリティについても関心が深まって出版のテーマが広がっていきました。ちょうど20年ほど前、韓国の歴史教科書を翻訳刊行する機会を与えられました。非常に反響を呼んで、つづいて中国の歴史教科書も翻訳刊行し始めるわけです。そういう中で、明石書店としては、それぞれの国ごとの、ぜひ知っておかなきゃいけない基礎的な知識と言いますか、教養ですね、そういうものを理解できるような本を作るべきじゃないだろうかと。「エリア・スタディーズ」というシリーズがまず始まったわけです。一方では、韓国の歴史教科書を編集しながら、何よりも各国の歴史認識、これをきちっと、まず正確に受け止めることが重要だと思い、「世界の教科書シリーズ」を刊行し、2つのシリーズが動きだしていったわけです。

立石学長 taidan_p2.png人権というのは、誰もが大切である。問題なのは、そこだけに焦点を当てて議論すると、ある意味では神々の戦いみたいになってしまって、やはり大事なのは、お互いのことを知るということ、お互いの生活・文化・歴史というものをきちんと知る、そうした子供から若者たちを作っていく、そういう活動というものがすごく大事だと思うんです。これまであまり取り上げられていなかった、あるいはよく知られていない地域、あるいは国について、きちんとした情報を与えていくというのは大変素晴らしいことと思います。1945年の12月にユネスコ憲章ができて、その時のユネスコの精神というのは、人々の心の中に平和の砦を築かなければならないと。そのためには、異なる文化、習慣、生活様式を知らなければいけないということが謳われているんですね。それから70年がたって、果たしてそういう努力を私たちがしてきたかと言うと、いろんな形の平和学習だとか人権だという、ある意味で抽象的な面での議論というのはしてきても、具体的に人々の生活習慣や価値観、そうしたものを子供たちにきちんと教えていく、一般の人たちが理解する、そうした努力をどこまでしてきたかということは、やはり反省しなければならないし、これからはますますinterculturality(異文化理解・多文化共生)という面が重要ではないかと思っています。

石井会長 そういう点では、「エリア・スタディーズ」は、それなりに大きな役割を果たしつつあると私は思います。

立石学長 特に「エリア・スタディーズ」のシリーズで私が面白いなと思うのは、いわゆる国民国家だけではなく、広域の地域、国の中の狭い地域、それから国と国とをまたがった地域など、さまざまな「地域、エリア」というものを可変的に設定されていらっしゃる。それが素晴らしいシリーズだなと私は思っているんですけど、その辺りの発想というのは。

石井会長 最初このシリーズは、国ごとという設定でやってきたんですけど、やっているうちに、それだけではとらえ切れないものがあるということに気がつき、あとは著者の方といろいろ相談するうちに、もっと広域的にとらえてみようとか、あるいは、その国の中のアイデンティティのよりどころになるような地域をとらえてみようとかと、変化してきました。

立石学長 そんなわけで、私はスペインの歴史家ですけど、この「エリア・スタディーズ」の中で、アンダルシアとカタルーニャを担当させていただいたわけですね。


石井会長 出版物を通して、もう少し日本と朝鮮民族との文化交流というものも、きちっと残していきたいと考えはじめました。そこではじめた大きな仕事の1つは『大系朝鮮通信使』全8巻です。この本は、刊行に10年ぐらいかかりましたね。そもそもは在日韓国・朝鮮人問題からスタートした企画です。この本は、世界でもうこれしかないという貴重な本になりました。それからもう1つは、東京外国語大学にかかわりのある『カースト制度と被差別民』という全5巻の叢書です。1994年から刊行をはじめました。アジアの人権問題を考えていくと、どうしてもインドのカースト制度を抜きに語れないですね。インド史を研究している先生方と相談した結果、研究会を作ろうじゃないかということになり、「不可触民制研究会」を立ち上げました。当時の東京外国語大学の西ヶ原キャンパスで年1回勉強会を兼ねた学会を開き、本づくりに励みました。その成果として出来あがったのが、『カースト制度と被差別民』です。非常に貴重な体系立った本なんです。

立石学長 「エリア・スタディーズ」の方はある意味では啓蒙的な性格の強いものに対して、『カースト制度と被差別民』は、どちらかと言うと1つの切り口をはっきりさせた研究叢書として作られている。非常にバランスが良いですね。こうした研究書と啓蒙書のほかに、明石書店が注目される取り組みとして、先ほどもお話のあった「世界の教科書シリーズ」がありますね。

石井会長 「世界の教科書シリーズ」は、現在41巻まで刊行しています。

立石学長 私も歴史家ですので、スペインの歴史教科書をきちんと紹介したいという気持ちはあったのですが、元の書が非常に厚いものですので、これをまさか翻訳をさせていただける機会が訪れるとは思っていませんでした。この本は、院生たち3人に協力してもらって訳しました。それぞれの国で、歴史がどのように教えられているかというのをきちんと伝えるということは、すごく大事なことだと思います。

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明石書店社屋

石井会長 それなりの反響や評価をいただいておりますし、これからも引き続き出し続けていきたいです。ただ、非常に難しいのは、翻訳は、ただ単にその国の言語が分かっているだけじゃ駄目ですからね。

立石学長 はい。翻訳と言っても、こうした社会科学あるいは歴史の翻訳というのは、その前提として、その国についての知識が必要となってきます。

石井会長 このシリーズの非常にいいところは、その国の人が自分の国の歴史問題についてどのように考えているかを、われわれが受け止めていくということ。

立石学長 私も自分の授業でスペインの歴史を教えていた時、スペイン内戦以前の歴史教科書、スペイン内戦後のフランコ時代の歴史教科書、それから現代の歴史教科書で、どのように同じテーマが別の形で論じられているのかという、そんな授業を努めてやってもいたんですね。そうした形で、まずきちんと事実を伝えて、そして考えさせるという、それが大事だと思うんですね。移民問題を取り扱ったディアスポラの本もたくさん刊行されていますね。私も「叢書グローバル・ディアスポラ」に少し協力して、1本だけ論文書かせていただきましたが、「グローバル・ディアスポラ」はどういうきっかけで始められたのですか。先ほどの、外国人労働者の国際的労働力移動や、その中で必ずしも人権が尊重されていないとか、そういうようなことが1つの発想にあるわけですか。

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立石学長編、明石書店出版

石井会長 根底はそうですね。それとここ20年ぐらいの間に、世界のグローバル化が進んだので、世界のそういう動きを、こういうシリーズでまとめてみようということになりました。もともとディアスポラは、ユダヤ人を起源とする、流浪の民のことですが、それが今では世界的になっているので、そのことを正確にとらえようという企画です。

立石学長 私は、植民地時代の特にヨーロッパからラテンアメリカへのディアスポラについて書かせていただいたのですが、そうした歴史的なパースペクティブから問題を考えるということをしてもらえるのは、大変ありがたい。

石井会長 明石書店は、各国事情と言いますか、各国の歴史や地域研究の本をたくさん刊行してきましたが、微妙な政治問題に絡むような出版物は極力避けるようにしているんです。そうでないと、いろいろ誤解されますし、正確にその国の地域の文化だとか歴史のこととかを刊行することが、なかなかできにくくなる、あるいはできなくなってしまう、という問題があるからです。それを出版物を通しながら痛感しています。可能なら、アジアをはじめ欧米の主要国の出版社とも出版理念を共有し、グローバル時代に対応した出版事業を展開していきたいです。これはなかなか至難の業ですね。

立石学長 今、出版物そのものがなかなか売れにくい状況になっていると思うのですが、その辺りは、どんな方策を考えていらっしゃるのでしょうか。

石井会長 それはもう時代の大きな流れですから、私たち出版人がどう頑張っても止めることは出来ないだろうと思いますけど、ただ、重要なことは、それじゃあ紙の文化、印刷物はなくなるのかと言うと、必ずしもそう簡単にはなくなるものではないと思うんです。そうすると明石書店が、こういう時代の中でどのように会社を存続していくかという点で言えば、やはり自社の持っている出版理念にきちっと徹する、自社でなければ出版できないような本を企画し、少部数であっても、基本図書としてきちっと社会に対し問題提起できるような、そういう価値のある本を出していくということに徹していった方が、出版社としては生き残っていけるのではないだろうかと思っています。紙の本より電子書籍の市場が拡大していったとしても、書籍そのもののコンテンツは、出版社にあるわけだから、自社が誇る企画に徹することが、これからの出版界にもとめられると思います。

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エリア・スタディーズをはじめ、これまで多くの
本学教員の著書が明石書店から刊行されました。

立石学長 そうですね。それは本学にも言えることで、東京外国語大学は「Foreign Studies」ということですが、今のグローバル化の世の中で、着目されるのは、英語による授業あるいは英語力ということになるのですが、やはり大事なのは、言語あるいは文化というのは等価値であるということ、そうした理念に立って、少数言語や少数文化を教育・研究する大学でなければいけないと思っています。少なくとも東京外国語大学がそうした形で存続しなくなるとしたら、これはもう本当に日本にとっての危機じゃないかと、そんなふうにも思うんですね。

石井会長 学長が言われている話と、明石書店が出してきた本と、非常にかみ合うところがありますね。今後ともよろしくお願いします。

立石学長 ええ。よろしくお願いいたします。

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